我が国の多くの公的試験では、欧米の共通テストで基本的に提供されている音声による出題が用意されていないため、重度の弱視者及び中途失明者や読字障害を有する発達障害者等、文字認知に困難を有する多くの受験者は大学入試センター試験等公的試験の受験を断念せざるを得ないのが現状である。
障害を有する人々を含むすべての人々に公平に配慮した設計をユニバーサルデザインと呼び、それを実現するために、大学入試センターのユニバーサルデザインに関する研究室は、テスト問題冊子に重ねて印刷しても文字や図の視認を妨げない不可視2次元コードを活用した新しい2種類の音声出題方式の問題(以下、音声問題)を開発した。そのひとつである文字と音声の「マルチモーダル問題」は、不可視2次元コードを重ねて印刷した問題冊子をデジタルオーディオプレーヤでタッチして音声を再生するもので、これにより視覚と聴覚を任意に活用して、問題を能動的に自由に読むことが可能となった。また、もうひとつの「文書構造表音声問題」は、文や段落等、テスト問題の文書構造だけを通常文字または点字記号で表記した問題冊子に不可視2次元コードを重ねて印刷したもので、デジタルオーディオプレーヤで文書構造記号をタッチすることにより、問題を音声で能動的に自由に読むことが可能となった。4次にわたる評価実験の結果、従来の点字問題と拡大文字問題に加えて、この新しい2種類の音声問題を導入すれば、文字認知に困難を有するすべての受験者に対する大学入試センター試験等公的試験の実施が可能となることが実証された。そして、これらの新しい2種類の音声問題の導入が、試験実施主体の過度の人的及び経済的負担とならぬよう、大学入試センターでは点字問題と拡大文字問題及び新しい2種類の音声問題のすべてを提供できる特別問題の一貫作成システムを開発し、問題の質の向上と作成作業の効率化及びセキュリティの向上、さらに大幅なコスト削減を実現した。
このようなユニバーサルデザインの理念に基づいたテスト問題の研究開発普及活動に携わる過程で、私たちは読字障害を有する発達障害児や外国にルーツをもつ児童・生徒等、教科書の日本語文の認知に困難を有する多くの子どもたちの置かれている環境にも目を向けることになった。このような子どもたちは教科書が自由に読めないため、教室では針のむしろに坐らされている恐れがある。読める教科書がなければ家庭に帰っても予習や復習も困難である。
このため、大学入試センターは、不可視2次元コードを活用した新しい2種類の音声問題の作成技術に着目し、紙の教科書にそのまま音声を付けた「音声付教科書」(文字と音声のマルチモーダル教科書)を開発した。また、音声付教科書の一貫作成システムを開発し、作成作業の効率化とコスト削減を実現した。
現在、私たちは任意団体として、障害を有する人々を含むすべての人々に対して公平なテスト環境や学習環境を実現するために、大学入試センター等に長年蓄積されてきた研究開発成果を活用して、テスト環境等のユニバーサルデザインの調査研究を行い、実現に向けた技術をさらに開発し、その普及を推進している。そこで、私たちは各試験実施機関からの相談に対応すると共に、ユニバーサルデザインの理念に基づいたテスト環境の調査研究、音声問題等の特別問題の一貫作成システムの更なる改良、低コストでの製作を視野に入れた印刷会社等への技術移転等に努め、ユニバーサルデザインによるテスト環境の実現に向けて活動している。また、小・中学校に在籍する日本語文の認知に困難を有する読字障害児や弱視児、及び外国にルーツをもつ児童・生徒等が他の生徒たちと机を並べて同じ教科書を開いて勉強できる学習環境を実現するため、教科書出版会社及び大学や地域の教育関係者と協力して、音声付教科書の提供と教育効果の検証を進め、ユニバーサルデザインによる学習環境の実現に向けて活動している。
上に述べた新しい2種類の音声問題及び音声付教科書の研究開発及び普及活動等は、国連の障害者の権利条約が義務づけるテスト環境と学習環境における「合理的配慮」の実現を可能にするものである。また、音声問題等の特別問題の一貫作成システム及び音声付教科書の一貫作成システム等の研究開発と技術提供は、国や地方公共団体、試験実施主体や小・中学校等の過度な経済的負担を解消し、障害者権利条約の「合理的配慮」としてのテスト環境と学習環境のユニバーサルデザインの実現を推進するものである。
今後、私たちはこの活動を進めるにあたり、関係機関等から広く社会的信用を得て、多くの賛同者とともに強固な組織の下で上記の課題に取り組んで行く決意である。そのために、私たちは特定非営利活動法人を設立し、法に定められた法人運営や情報公開を行い、更なる努力を積み重ねていく所存である。